
エコタンク搭載プリンターの
進化を支える開発者の声
Interview
エコタンク搭載プリンターは、その経済性と環境への配慮から多くの支持を集め、これまでに1億台以上を販売してきました。本記事では、エコタンク方式の開発に携わった山田陽一氏と吉久靖彦氏へのインタビューを通じて、製品に込められた工夫や開発の舞台裏、そしてこれからの展望について伺いました。開発者の視点から語られるエコタンク搭載プリンターの魅力をお楽しみください。
- Interview 1 山田 陽一
- Interview 2吉久 靖彦

Profile
山田 陽一
執行役員
Pオフィス・ホームソリューションズ事業部長
1エプソンのDNA「省・小・精」を支える
高い生産技術力
高い生産技術力
—2024年、エコタンク搭載プリンターが世界累計販売台数1億台を達成しました。今のお気持ちを聞かせください。
1994年の入社以来、私はずっとプリンター開発に携わってきました。前半の15年間はレーザープリンター、後半の15年間はインクジェットプリンターの開発設計に関わってきましたが、ありがたいことに、勤続30年という節目の年にエコタンク搭載プリンターの世界累計販売台数1億台突破という大きな実りに立ち合うことが叶いました。使っていただいた全世界のお客さま、そして設計、製造、販売をはじめ、この製品に関わってきた仲間たちに感謝の思いで一杯です。
エプソンは創業当時の時計製造で培った精密加工技術や、組み立てなどの自動化技術を基盤とし、長年にわたり連綿と技術を積み上げてきました。我々エプソンは、創業当時から「省・小・精」に徹底的にこだわるというDNAを持っており、エプソン製品の根底を支える共通の価値観になっています。
エプソンのプリンターはどのクラスにおいても最小をめざして設計しています。外装デザイン、内部機構に至るまですべての部門が連携し、スタッフ全員でひとつの製品を組み上げていきます。エコタンク搭載プリンターの開発においては、とくに長期間使用しても壊れないこと、たくさん印刷しても画質が変わらないことに徹底的にこだわりました。ここで信頼性を作り込むことができれば、エコタンク方式以外のプリンターにも技術展開が可能となります。部門間でときにはせめぎ合うことがあったとしても、お客さまに喜んでいただくことをゴールとして共有してさえいれば、他社にはない製品を作り上げることができる。苦労は伴うものの、このプロセス自体もものづくりに携わる者にとってのこだわりとなっています。
2プリンターの常識を覆す、新たな挑戦
—エコタンク搭載プリンター誕生の背景には、どんな事情があったのでしょうか。
従来のプリンター業界では、プリンターの本体価格を抑え、インクカートリッジで収益を上げるというビジネスモデルが主流でした。しかし、このモデルを新興国に展開したところ、高価格のインクが障壁となり、低価格のサードパーティ製インクが使われてしまうという現象が顕在化しました。採算が悪化し、このまま進めていくと事業成長を果たせないどころか、事業存続の危機という状況でした。
そこで我々は、新たなビジネスモデルへの転換に挑戦することになります。インクの価格をできる限り抑え、代わりにこれまでより本体価格を上げるという決断です。これは大きな方針転換であり、これまでよりも高額な本体を販売しなくてはならなくなる営業に、多大な苦労がのしかかります。実際、社内でもかなりの議論が巻き起こりました。
それでも最終的に我々を踏み切らせたのは、プリンターメーカーとしてのプライドでした。インク代が高いためにお客さまが印刷するのをためらってしまうような状況は、どう考えてもおかしい。お客さまにインク代を気にすることなく印刷をしてもらいたい、ということでした。そしてこの新たなビジネスモデルを実現するために誕生したのが、エコタンク搭載のプリンターでした。
ビジネスモデルを変えることは大きなチャレンジではありましたが、一方で我々のもうひとつの狙いも実現可能となりました。私たちは、プリンター自体を「使い捨て」ではなく、長く使ってもらいたいという願いを持っていたからです。

本体価格を抑えなくてはならないと、どうしても安価な構造にならざるを得ません。しかしエコタンク方式では、さまざまな構造物や設計などに従来よりも手を入れています。
また、圧電素子を用いたピエゾ方式のヘッドは、非常に耐久性が高く、寿命も長い。にもかかわらず、カートリッジモデルに搭載されると印刷量も少なく、買い替えサイクルも短いことで、宝の持ち腐れになってしまいます。しかしエコタンク搭載モデルであれば、お客さまには長期間にわたりたくさん印刷していただけるので、我々の強みが活きてきます。もともとエコタンク搭載モデルを想定してピエゾ方式のヘッドを開発したわけではありませんでしたが、結果として、我々のヘッドの強みが遺憾なく発揮されることになったのです。
3エコタンク用の完璧なインクを求めて

—エコタンク搭載プリンターの開発でもっとも苦労した点を教えてください。
エコタンク搭載モデルの開発には、多くの技術的な課題を克服する必要がありました。そのなかでも最大の課題のひとつがインクでした。従来のカートリッジ方式とは異なり、エコタンク方式ではお客さまに直接インクを充填していただく方式を採用しています。ここで大きな壁となったのが、インクの品質を保つことでした。
タンクに直接注ぎ入れるエコタンク方式では、インクが空気に触れる時間が長くなり、自ずと乾燥するリスクが高まります。またタンクの壁面などに水滴として残ってしまうと、そのインクが固まってそのまま流れていけば、ヘッドに詰まって不具合を起こしてしまいます。また、タンク内で長期間放置されても、安定的な状態を維持しなくてはなりません。
開発メンバーの提案によって、印刷不良の現象をつかむために、タンク内部やタンクとヘッドをつなぐチューブの中のインクの様子をカメラで一日中観察したこともありました。
実験装置も自分たちで作り、ほんの一瞬の現象を捉えるために、開発メンバーとともに目を凝らしてカメラの映像を見続けました。
こうした試行錯誤を経て、インクをタンクに注ぐ方式においても、常に最適な状態が保たれるインクの開発に至りました。もちろん品質や信頼性を維持したうえで低価格なインクでなくてはならない。これはなにがあってもゆずれないこだわりでした。
—エコタンク搭載プリンターはその後、どのように展開しているのでしょうか。
エコタンクの初期モデルには、染料インクが採用されていましたが、その後、顔料インクに対応したモデルも世に送り出すことになります。用紙に染み込ませる染料インクに対して、用紙の表面に付着させる顔料インクは滲みにくく、使える用紙の種類も多いといった特徴があります。そのためビジネス文書をはじめ、用途もぐっと広がります。しかし、顔料インクは染料インクよりもさらに固まりやすく、エコタンク化には技術的な課題が山積し、たやすいものではありませんでした。実は、エコタンク方式で使う顔料インクの開発には約5年もの歳月がかかりました。
それでも諦めずに完成までこぎつけたのは、「世の中を驚かせるような製品を作りたい」というみんなのモチベーションからだと思います。もちろんお客さまのニーズは最優先です。しかし同時に、作り手が良いと思う製品を送り出すことも私は大切にしていきたいと思っています。お客さまのニーズと我々の技術力——。どちらか一方ではなく、それら両輪でのものづくりこそが、エプソンの製品を独自のものたらしめる理由だと考えています。
現在では、画質のいい染料、ビジネス向けの顔料、そして捺染用といった幅広い用途に適したエコタンク用のインクが生まれています。
4エコタンク方式が拓く未来:
持続可能な社会への貢献
持続可能な社会への貢献
—エコタンク方式の技術は、今後どのように発展していくと考えていますか?
ありがたいことに、エコタンク搭載のプリンターは世界中の多くのお客さまにご利用いただいています。新興国には電力事情が未だ不安定な地域もありますが、エコタンク搭載モデルをはじめとするわれわれのインクジェットプリンターは、低消費電力という点においてもすぐれた製品です。自転車を漕いでプリンターを動かすようなデモンストレーションをすることがありますが、たとえ停電になったとしても、エコタンク搭載モデルならバッテリーさえあれば使うことができます。先進国ではエネルギー事情の観点から消費電力を削減できるという意味に捉えられますが、停電時に病院などで利用する可能性を考えれば、プリンターだって命綱になり得るのです。地震や水害などの自然災害が多い日本でも、電力が制限される避難所などで使っていただくケースがでてきています。
我々の製品が成し得る電力量の削減は、地球規模で考えればほんのささいなものでしょう。それでも自分たちの手で作り出す製品が、少しでも気候変動抑制に貢献できているかもしれない——。そうした気持ちを社員全員で大事にしていきたいと思っています。
そして現在では、リサイクル素材(再生プラスチック)を使用した商品を発表するなど、さらに資源循環を意識した開発を進めています。今後はわれわれの技術力やテクノロジーを武器にして、より長寿命に、2回、3回とリサイクルできる、そんな製品も実現していきたいと思っています。
これまでエコタンク搭載プリンターを使っていただいている世界中のさまざまな場面を拝見してきましたが、私がいちばん面白いと思ったのが中国のコンビニでのことでした。日本のコンビニには大型の複合機が置かれていますが、中国では我々のエコタンク搭載プリンターが置かれていたのです。私たちが想定していない使い方をされているのを見るのは楽しいことですし、なによりもそこに新たなビジネスチャンスがあるということに気づかせてもらえます。
面白い製品、いい製品を作り出して多くの方々に使われるようになると、開発者が思いもかけなかった景色が現れることがあります。それが次の開発のヒントやテーマにもなってくるのは、非常にいいサイクルだと思います。その根幹にはやはり、しっかりしたものづくりと技術の研鑽が欠かせません。お客さまの真のニーズをよくつかみ、さらに自分たちの技術を磨き上げることで、世界を変えることができる。これをつねに心において今後も取り組んでいきたいと思います。

Profile
吉久 靖彦
Pオフィス・ホーム事業部
Pオフィス・ホーム企画設計部
部長

1エコタンク方式が実現した新しい印刷体験
—エコタンク搭載プリンターのユーザー様から届いた声で、とくに印象に残っているものはありますか。
本体に横付けされていたインクタンクを内蔵するようになったのは、2017年発売のエコタンク搭載モデルからでした。私がエコタンク搭載プリンターの開発に参加したのも、ちょうどこのモデルからのことなので、とても愛着のある製品のひとつです。
国内では、未だカートリッジモデルも根強い人気を保っていますが、海外ではランニングコストの削減を求めるお客様が多く、印刷コストを抑えられるエコタンク方式は幅広いユーザー様に喜んでいただいています。
いちばん嬉しいユーザーの方々からの声は、インクがまったく減らないという感想です。
これまでは学校の先生から、カラー印刷の配布物であれば、より児童・生徒への訴求力もアップするのだけれど、コストの面から学校ではカラー印刷がなかなかできない……と伺うこともありました。こうした声を聞くのがいちばん心苦しかったのです。1本のインクボトルでカラー印刷でも約6000枚の大量プリントが可能なエコタンク方式で、いかなるシーンでもコストを気にすることなくカラー印刷ができる世界が作れているとしたら、それは我々にとってなによりも嬉しいことです。
2小型化へのこだわり:「省・小・精」への挑戦

—開発にあたって、とくに苦労した点はどこでしょうか。
弊社は製品の小型化に徹底的なこだわりを持っています。無駄を省けば環境負荷の低減やコスト削減、そしてお客さまの経済的負担も減るので、できる限り小さく、無駄なくということをつねに目指しています。2017年のモデルより前の製品を見ていただくと一目瞭然ですが、インクタンクが横に出ている。当社のポリシーとしては、これをなんとしても中に収めたいわけです。とくに私はメカニカルな部分、筐体の設計を担当しているので、ここがいちばんの難題でした。
A4サイズまで対応できるプリンターであれば、絶対にA4サイズの紙幅210ミリはなくてはなりません。製品のサイズを設定するにあたっては、一般的なカラーボックス(日本の家庭によくあるコンパクトな収納棚)の横幅約410ミリを参考にしました。
できる限り410ミリ以下にして、目標の幅に入る、もしくは載せられるように、4色プリンターは幅375ミリ(後発の6色プリンターは403ミリ)に目標サイズを設定しました。
紙幅が210ミリと決まっている以上、残りのスペースにプリンターに必要な多くの機構を収めなくてはいけない。4色(ないしは6色の)インクタンクが収まるスペースは当然必要です。また、プリンターは、紙の上をキャリッジという機構が通過することで印刷されます。このキャリッジにはインクが出るノズルがついていますが、印刷する際は必ず紙面にのり、印刷しないときには紙面から外れていなくてはいけません。そのスペースも必要になります。さらにヘッドをメンテナンスしたり、状態を整えたりするための機構も組み込まなくてはいけません。これらはほんの一例ではありますが、こうした機構をすべて収めるとすると、紙幅以外に残されている横幅は16センチ強。高いハードルではありましたが、2017年、世界最小レベルのエコタンク搭載プリンターをお客さまのもとにお届けすることが叶いました。
先ほど触れたキャリッジですが、ここにも当社独自の精緻な制御技術が組み込まれています。紙の上を移動していくキャリッジは、一定速度ではありません。ゆっくりと動き始め、速度を上げ、そしてまたスピードを落として止まるように制御されています。そこで問題となるのは、インクの吐出性能です。キャリッジが遅く動いているときのインクの着弾の位置と早く動いているときの着弾位置は、ベクトルの向きにより異なります。たとえばつねに同じようにインクを吐出してしまうと、1枚の写真を印刷する際、両端と真ん中の画質に差が出てしまう。そうした問題を解決するために、当社のプリンターには2015年頃から、速度情報を読み取るスケールを搭載しました。このスケールで速度を検知し、計算しながらインクの吐出タイミングを制御しています。
3耐久性とサステナビリティを両立
—エコという観点から、とくに腐心したことはありますか。
我々は、使い捨てではないプリンターを作りたいという思いを持っていました。プリンターには耐久枚数が設定されていますが、エコタンク方式は従来品よりも約2〜3倍もの印刷が可能です。そのほかにも長く使っていただけるようにさまざまな工夫がなされていますが、そのなかでも「メンテナンスボックス」の搭載は、苦労した工夫のひとつです。
インクジェットプリンターは、ヘッドクリーニングをはじめ、自動でメンテナンスをする際にどうしても廃インクが出てしまいます。それを廃インクパッドなどに染み込ませる機構が組み込まれていますが、多くの製品はインクパッドの吸収量が限界に達すると、修理に出さなければなりません。その際に買い替えをされるお客さまも多いのです。そこで私たちは、お客さまご自身で交換できる「メンテナンスボックス」を搭載できないかと考えました。1本のボトルで6000枚印刷できるエコタンク搭載モデルなのに、すぐに使えなくなってしまうのは、製品としてはあまりにもミスマッチすぎるからです。進んでいた開発ステージを一度止めてまで修正、やり直しを加えた箇所なので、強く印象に残っています。

4生活空間に溶け込むエコタンク搭載プリンター
—エコタンク搭載プリンターのデザイン上の特徴などを教えてください。
プリンターは、使わないときでもどこかにしまわれることはなかなかありません。意外と“市民権”があるものなのです。そのため、エコタンク搭載プリンターも、リビングに置いたとしても、違和感のないように生活空間に馴染む、スッキリとしたモダンなデザインにこだわっています。
とはいえ、主張するところは主張させています。エコタンク方式であれば、タンクは絶対的に大きく見せたいというのが我々のこだわり。大容量のインクタンクを前面に配置し、その存在感を際立たせるようにしています。
昔から使ってくださっている方々から、「タンクが小さくなったのでは?」「エプソンさん、インクで儲けようとしているのでは?」なんてお声が出ないように(笑)。インクの残存量も一目瞭然で、「たっぷりインクが入っている、なかなか減らない」と思ってくださるようにさまざまな工夫をしています。もちろん、大容量のインクを入れるので、絶対に漏れるようなことがあってはいけません。万一、インクが漏れてしまったら、お客さまの大切な財産を汚してしまうわけですから。そこには細心の注意をはらって、原理的な機能から見た目、デザイン性にもこだわっています。
5グローバルな課題に向けて
—とくに海外のユーザー様を意識して工夫した点はありますか。
海外のお客さまからは、特に紙詰まりに関するご要望を多くいただきます。世界各国で使われている用紙は、その品質や特性が大きく異なります。たとえば、国によっては、紙を裁断するときに出る紙粉が比較的多いという特徴があるなど様々です。また、液状のインクをのせるわけですから、紙に染み込んでいく際に、カール(反り)が出てしまう紙もあります。こうした用紙の特徴が、紙詰まりを誘発する理由にもなってきます。それをどう解消していくか——。それも私たちの仕事です。
実は我が社は、紙の輸入量がとても多いのです。その理由は、中国やインド、ヨーロッパやアメリカなど世界各地から一般的に流通しているさまざまな紙を調達して、何万枚、何十万枚とプリンターに通して確認、評価をしているから。
昔は、自社の基準となる紙でのみ検証していましたが、各地の紙での対応が必要な時代になりました。
興味深いことに、日本の方々は比較的薄めの紙を好まれますが、海外の方々は厚めの紙を好まれます。薄い紙だと、高級感がないように思われるようです。そうすると1枚ずつ紙を分離させることにも目を配らなくてはいけません。私はメカ設計を担当していますが、実はこの分野でもっとも大事なのが、紙を分離させてきちんと排紙するようにすること。どんな紙がきても大丈夫!ここがメカ設計者のいちばんの腕の見せどころです。
6進化し続けるプリンター
—今後のエコタンク搭載プリンターにはどのような課題があると思いますか。
本製品はお客さまの生活スタイルの変化に対応し、より便利で使いやすいプリンターを目指して開発されました。それは今後も変わることのない我々の願いです。
とはいえ、プリンターはまだ難しいデバイスであることも事実です。たとえば印刷する際に、サイズや画質を設定したり、時には普通用紙だけでなく、ふさわしい写真用紙をセットしたりしなくてはなりません。印刷をした際、1枚目は失敗してしまった、という経験をお持ちのお客さまは少なくないと思うのです。未だある程度の煩わしさが避けられない機器であると思っています。
現在は、よりユーザー負担が少ない、どなたにも優しい、ユニバーサルな視点でのバージョンアップを考えています。不具合があった際に、お電話でお問い合わせをいただくことがありますが、その際、お客さま側で操作していただくときにもひと目で操作箇所がわかるように、記号をつけるなどの工夫もその一例です。
自分には難しくて扱えない。そんな思いをする方がひとりもいないように——。使い勝手という意味では、まだまだ我々ができることは残されていると思っています。より便利で使いやすい製品を目指して、メンバー一丸となって、これからも努力して参ります。
